第7 裁判所の見解の問題点
1 裁判所の根拠に対する疑問
たしかに、裁判所が根拠として主張していることには一面の真理を突いている部分があります。
しかし、各根拠やその結論に対しては逐一反論することが可能です。ただ、それよりも、そして何よりも、穂高が、裁判所の見解に対し根本的に疑問に思うことは、以下の点です。
裁判所が頸椎捻挫や腰部捻挫に伴う各種神経症状については、西洋医学(整形外科)には決定的な治療方法がなく、多くは東洋医学的治療に委ねざるを得ないという西洋医学の限界に対する理解が決定的に不足しているのではないか、と思われる点です。
西洋医学の母国である欧米では、その西洋医学の限界を率直に見つめ、代替医療(その大半は東洋医学)に対して精力的な科学的検証を実施しており、東洋医学との統合医療を目指しているのが欧米を中心とした世界の趨勢です。
東大名誉教授である渥美和彦先生によれば、その世界の趨勢から「完全に取り残され、まさに鎖国状態」となっている『日本の西洋医学』の病理面に対する理解が決定的に不足しているのではないか、という点です。
以下、個別の要件についても反論を述べておきます。
2 裁判所の根拠1に対する疑問
日本では大学病院において東洋医学に関する講義がなく、大学を卒業して医師になっても、日本の西洋医学の環境が、統合医療の世界的趨勢から『完全に取り残され、鎖国状態になっている』ことから、整形外科医や神経内科医は、統合医療に取り組んでいるほんの少数の医師を除いて、東洋医学的治療の有効性に対する知見がまったくない状態です。
それなのに、裁判所は、
- 東洋医学にもとづく施術の効果の有効性を裏付けるための資料として、医師の指示または同意があったことが大原則
としているのです。理解に苦しみます。
統合医療に取り組んでいる整形外科の医師自身が、大半の医師は東洋医学の施術の有効性についてまったく知らない(教育を受けていない)と自白している(金沢大学医学部教授の鈴木信幸氏も、 『我が国では、厚労省を初め各医療機関は、代替医療の有効性についてまともな研究をしておらず、代替医療としてどんな治療法があるのか、どんな特長がある のか、どんな実績や有効性があるのか、それを誰に聴けば教えてもらえるのか等、肝心なことがわかっていない医師がほとんどである』と指摘している)のに、その全く知らない素人である医師の意見を聴く意味がどこにあるのでしょうか。
素人が治療効果を否定又は不明と評価したことを根拠として、裁判所が東洋医学の治療効果を否定又は不明と判断することが相当なのでしょうか。知らない人に路を訪ねたところ、その人が「知らない」と回答したことから、「そのような路はない」と判断するのと同じではないでしょうか。
統合医療に取り組んでいる整形外科の医師自身が、慢性の自律神経症状に対しては、整形外科的治療には限界がある、むしろ東洋医学的施術の方が有益と自白しているのに、なぜ、当該主治医による、東洋医学の施術の有効性に対する意見が新たに必要となるのでしょうか。
当該主治医と接骨院その他は、その町で営業上のライバル関係にあります。ライバル関係にある者が、自己を否定して相手方に有利になる意見を展開することがあるのでしょうか。意見内容の公平性はいかに担保されるのでしょうか。
実際、主治医から東洋医学の施術に対し有効との意見が出されることはほとんど無いのに等しい状態です。裁判所の見解は交通事故の被害者の治療の自由をいたずらに奪い、かえって治癒を遅延化させているだけではないでしょうか。
以上、要するに、穂高の裁判所に対する疑問は、
頸椎捻挫や腰部捻挫に伴う各種神経症状については、整形外科には決定的な治療方法がなく、多くは東洋医学的治療に委ねざるを得ないという整形外科の限界に対する理解が全くないのではないか、
西洋医学の母国である欧米では、その西洋医学の限界を率直に見つ め、代替医療(その大半は東洋医学)に対して精力的な科学的検証を実施し、東洋医学との統合医療を目指しているのが欧米を中心とした世界の趨勢であり、そ の世界の趨勢から「完全に取り残され、まさに鎖国状態」となっている『日本の西洋医学』の病理面(東大名誉教授である渥美和彦先生の言)に対する理解が著しく欠けているのではないか、という点に尽きます。
※カイロプラクティックは、アメリカで100年前に始まったことから、世界的には西洋医学に分類されているようです。しかし、日本では西洋医学的治療の対象とされてきませんでしたので、代替医療に分類されています。ここにも日本の特異性が・・・
3 裁判所の根拠2〜6に対する疑問
また、裁判所の、
- 施術の実際の必要性があり、
- 施術が有効であって(改善がみられた)
- 施術内容に合理性があって(過剰・濃厚施術の排除)
- 施術期間が相当な場合(異常に長期化していない場合)に
- 施術費用額が相当な場合
の要件設定についても、数多くの疑問が残ります。
前記2〜6の要件は、賠償の性質上、当然に要求されるものです。交通事故と相当因果関係の無い治療費が賠償の対象となるはずがないからです。
従いまして、前記の要件は整形外科の治療費の請求の要件としても、そのまま適用されるべきものです。東洋医学に基づく施術費だけに科される特別の要件とされるべき性質のものではありません。裁判所が、東洋医学の施術費に対してだけの特別の要件と考えているのであれば、反対せざるを得ません。
また、裁判所が、整形外科の治療費の請求においても当然の要件となるが、東洋医学による施術費用の請求については、その要件の充足の有無につき特別の注意が必要だ、という趣旨で言っているのであっても、反対せざるを得ません。
たしかに、東洋医学ないし代替医療を自称するものの中には、実に怪しげなものが少なくないことは事実です。
とくに、最近、統合医療が世界的趨勢にあることを悪用して、ネットなどで、さも自身の治療法が世界的に評価されているかのような虚偽誇大広告をしている業者がいることも事実です。また、カイロプラクティック、アロマセラピー、ホメオパシーの治療については、欧米では国家資格とされ、治療者の資質について一定限度での制度的保障が図られていますが、日本では国家資格とされていないため、そのような保障は全くありません。
さらに、東洋医学による施術は、治者の技(職人芸)に頼るところが多く、施術者の技量によって、その治療効果に大きな差が出てしまうという宿命を本来的に負っています。とくに交通外傷に伴う神経症状の分野ではこの理が当てはまります。
そして、会計検査院が公表した柔道整復師の過剰・濃厚診療の問題があることも事実です。
しかしながら、上記で指摘した施術者の問題点は、整形外科医にも、多かれ少なかれ、そのまま妥当します。
2の治療の実際の必要性についていうと、
多くの整形外科医の本音は、『そもそも頸椎捻挫・腰椎捻挫なんて怪 我のうちに入らない。風邪と同じ。安静にしていりゃあそのうち治る。医師による治療が絶対に必要なのかについては疑問』と感じています。すなわち医師自身 が格別の治療の必要性を特段感じていないのに治療をしているのです。自己矛盾です。
3の治療の有効性については、
「整形外科的治療では慢性の神経症状は治せない」「むしろ東洋医学的な治療の方が効果的」であることは、西洋医学の母国である欧米や、日本で統合医療を目指す整形外科医によって指摘されています。
コラム −東洋医学と西洋医学の治療方法の違い−
頚椎捻挫や腰椎捻挫に伴う慢性期に入った神経症状に対する治療のネライは、西洋医学と東洋医学で同じです。両医療とも、自然治癒力を増進させるため、血流を促進させるべく筋緊張を和らげ、体温を上げようとします。
その方法として、
整形外科では、消炎鎮痛剤や筋弛緩剤(同時に胃炎防止のために胃薬)の投薬、牽引、温熱パック、マイクロウェーブ、バイブラ(温冷療法)を用います。
接骨院等では、マッサージ、あん摩、牽引、温熱パック、マイクロウェーブ、あん法(温冷療法)、鍼灸(電気鍼も含まれます)、骨格矯正等を、用います。
両者の治療法は、西洋医学が主として薬と機械に頼りがちであるのに対し、東洋医学は、主としてマッサージやあん摩といった施術者の職人技がメインとなっています。
このマッサージやあん摩が、比較的時間をかけて直接患者の身体に触れて施行されることから、リラックス効果と相まって(施術中に多くの患者さんは寝てしまいます)かえって治療効果が上がるとされています。少なくともカイロプラクティックによる骨格矯正の分野においては欧米で実証されています。だからこそ、カイロプラクティックが欧米の多くで国家資格とされているのでしょう。
また、医療業界では、行列が出来る整形外科には腕のいい理学療法士が常勤 していると指摘されています。そこで言われている腕のいい理学療法士とは、マッサージや骨格矯正の術に長けている療法士をいいます。患者さんは、医師の診 察ではなく、その療法士のマッサージを受けるために通院しているのが現状です。薬、牽引、温熱パック、マイクロウェーブを楽しみに通院を継続している患者さんはいないとされています。神経症状に悩んでいる患者さんは、どの治療法が効き目があるのか、自分の身体がストレートに教えてくれているのでしょう。
4の治療内容の合理性(過剰・濃厚治療の排除)については、
そもそも、初期診察で、跛行や痙攣などの明らかな神経学的所見がないのに、頭部、頸部、腰部のレントゲン写真の撮影をオーダーすること自体、過剰・濃厚診療ではないかと思われます(但し、私見です)。ましてや血液検査や心電図のオーダーとなれば弁解の余地はないものと思われます。
また、頸椎捻挫の患者に対し、漫然と頸椎ソフトカラー(ポリネック)を比較的長期間装着させているケースが散見されますが、強い疑問が残ります。頸椎ソフ トカラー(ポリネック)の装着については、患者に重病感を植えつけさせ活動性を低下させる、運動療法の妨げになる、頸部周辺の筋萎縮を生じさせる、頸椎関 節の拘縮を生じさせる等、かえって治癒を長期化させるとの理由から、よほどの重傷でない限り、装着しないというのが近時の整形外科における臨床の常識だか らです。その疑義あることを知って装着させているのであれば、過剰治療であり、知らずに装着させているのであれば、有効性のない治療となるか、場合によっ ては、むしろ医療過誤にも問われかねません。
5の治療機関の相当性(異常な長期化の排除)については、
病院の経済事情から、頸椎捻挫で半年間(通常3カ月間で治癒か症状固定です)、腰部捻挫で1年間(長くとも半年間で治癒か症状固定です)治療を継続させて、なんの変哲もない漫然治療を延々と繰り返しているだけの中小規模の病院の数は少なくありません(大学病院や大規模医療機関では、早々に軽くあしらわれて、一日で実質上出入り禁止にされてしまう点にも問題が全くないわけではないのですが・・)。
6の治療費の相当性については、
交通外傷における自由診療の問題(保険診療の3倍から5倍は儲かる)があることはつとに有名です。
これが、過剰濃厚診療や治療の長期化の最大の原因となっています。
それが証拠に、自由診療で治療費が自賠責保険枠の120万円を超えたとき、あるいは保険会社から自由診療による治療費の支払いを打ち切られたことにより患者から健康保険への切り換え治療の要求を受けたとき、難色を示す、早々に治療を中止する、症状固定として後遺障害診断書を作成して治療を打ち切るなどの中小規模の病院は少なくありません。
このように、整形外科医側にも少なからざる問題点があります。
むしろ、整形外科的治療では慢性の神経症状は治せないのに、そのことを知って治療しているときはもちろん、知らないで治療しているときは東洋医学の術者側にある問題より、より多くの問題があるように思われます。
このような実質的理由からも、裁判所の2から6の要件は、整形外科医による治療のケースにも厳格に適用されるべきだと考えます。