第6 東洋医学の施術費についての裁判所の見解
1 裁判所の要求する条件
さて、以上述べてきたことを前提として、東洋医学の施術費が賠償の対象になるのかについて論じたいと思います。
この点、裁判所は、東洋医学の施術費についても、賠償の対象となることを認めています。
しかし、一定の要件が必要としており、判例の主流は、以下の要件を満たす場合に賠償の対象となるとしています。
- 原則として、施術を受けるについて医師の指示または同意が必要であり(原則ですから例外を認めています)、
- 施術の実際の必要性があり、
- 施術が有効であって(改善がみられた)
- 施術内容に合理性があって(過剰・濃厚施術の排除)
- 施術期間が相当な場合(異常に長期化していない場合)に
- 施術費用額が相当な場合
2 穂高の見解
これに対する穂高の見解は以下のとおりです。
1の原則は、不要かつ不当と考えています。判例自身が認めているように、医師の指示または同意を得ることは、現実にはほとんど不可能で、まずあり得ないからです。ほとんど不可能なことを原則とするのは、基準としての合理性がありません。被害者の治療の自由を著しく制約するだけです。
2〜6の要件は、賠償の性質上、当然に要求されるものです。ですから、西洋医学による治療費の請求の要件としても、そのまま適用されるべきものです。東洋医学に基づく施術費だけの特別の要件とされるべき性質のものではありません。裁判所が、東洋医学の施術費に対する特別の要件と考えているのであれば、反対せざるを得ません。
3 裁判所の見解の根拠
では、裁判所は、何故、上記の要件を要求するのでしょうか。
1の、施術を受けるについて医師の指示または同意があったことを原則的な要件としているのは、患者の健康状態に関し医学(科学)的見地から行う総合的診断 は医師しか出来ない、東洋医学に基づく施術は、その効果の有用性を、経験則で説明出来ても、科学的・合理的に説明出来ない、ことを根拠としているようです。
たしかに、東洋医学は、交通外傷の発生機序ないし交通事故と外傷との因果関係の判断はしませんし、出来ません(そもそも治療には不要と考えています)。ま たMRIや筋電図テスト等の科学的検査手段がありません(これも、治療には不要と考えています)。従って、神経根損傷など重篤な器質的損傷があった場合、 それを見逃す危険性があることは否定できません。
また、裁判所からすれば、判決中に説得ある理由を求められるのに、その理由として、「経験則」という結論言い換えに過ぎないものを判決理由としてストレートには採用しにくい、という事情もあるようです。
2〜6を要件とする根拠は、東洋医学による施術の有用性が科学的に証明出来ないという理由の他、平成5年12月3日に、会計検査院が公表した柔道整復師の施術の実態と関係があるようです。
すなわち、
- 療養費が、柔道整復師の施術の対象とならない傷病について請求されていた(→2の施術の実際の必要性が要求されることになります)。
- 患者の療養上必要な範囲及び限度を超えて行われた施術について請求している事例が多数見受けられた(→4の過剰・濃厚施術の排除の要件が要求されることになります)
- 内因性疾患患者等に対する施術が多数認められた(→3の施術内容の合理性が要件とされることになります)。
- 療養費の申請負傷部位数及び施術日数が多い(→2の必要性と5の期間の相当性が要件とされることになります)。
- 一人当たりの柔道整復師が扱う患者の数が多い(→3の施術の有効性が要件とされることになります)。
- 鍼灸師の施術が柔道整復師の施術料金として請求されている(→6の額の相当性が要件とされることになります)。
- 負傷原因の具体的記載が欠ける(→1の医師の指示が要件とされることになります)。
- また、鍼灸師会が、柔道整復師に認められている受領委任払いの制度(←過剰濃厚診療がしやすくなり儲かる)が鍼灸師に認められていないことに対し不満を公言している点(→4の過剰・濃厚施術の排除の要件が要求されることになります)に不審を抱いているようです。