第3 非器質性精神障害の特質と、その特質が後遺障害の認定に与える影響
1 事故による精神障害が賠償の対象となるのは容易ではない
自賠責保険や労災保険は、以上の方法で精神障害の後遺障害を認定しますが、現実には、容易には後遺障害の認定をしません。それは、前述のとおり、精神障害の後遺障害の認定に際しては、非器質性精神障害の特質を踏まえた綜合判断がなされ、その特質なるものが後遺障害の認定に急ブレーキをかけているからです。
では、そのような、後遺障害の認定に急ブレーキがかかる非器質性精神障害の特質とは何でしょうか。
厚生労働省は、労災保険の後遺障害の認定に関し、非器質性精神障害の特質として以下の2点(細分化すれば3点)を指摘しています。
(1) 精神科専門医による精神医学上の治療を受けていたときは、半年〜1年、長くとも2年〜3年で完治し、後遺症を残さないのが大半。持続的な人格変化を認める重篤な症状が残るのは極めて稀である。
以上の特質から、自賠や労災の後遺障害の認定では、以下の運用がされています。
- 精神科専門医による精神医学上の治療を受けていないときは、およそ精神障害の後遺障害を認定することはない。専門医による適切な治療を受けていたらそのような後遺障害は発生しなかったからである。
- 症状固定の時期が早すぎるときは後遺障害の認定はしない。近々、治る可能性があるからである。
症状固定の時期が相当でも、後遺障害の認定にはこれまでの治療経過と症状経過を踏まえて極めて慎重な判断が要求される。将来的に症状が改善していく高度の見込みがあるからである。
(2)非器質的精神障害は、その発症と症状の残存が、事故に直接的に関連する身体的外傷や心的外傷などの要因の他に、被害者本人の環境的要因や個体側要因などが複雑に関連し合っている本来的に多因性の障害という特質がある。事故だけが単独の原因で発症したとは説明困難である。
以上の特質から、自賠責や労災の後遺障害の認定では、
- たとえその精神症状が本件事故が一因となっていることが認められる場合であっても、発症時期が遅すぎたり、発症時期は遅くないが事故以外の本人の素因や家庭環境や職場環境による影響が強いと疑われる場合は、事故との因果関係を否定する。
- 裁判所においては、事故と精神障害の後遺障害との因果関係を認める場合であっても、2割ないし3割程度の素因減額(素因減額の詳細細については近日アップする予定です)をするのが通常
このとおり、自賠責保険や労災保険、そして裁判所によって精神障害の後遺障害は容易には認められていない現状ですが、PTSDに至ってはほぼ壊滅状態にあると言ってよい現状です。