ポイント
- 診断基準が未だに確定しておらず、その病因も不明で、治療法も確立されていない。
- CRPSの疑いがあるときは、とにかく早期に徹底的な治療。
- 治療機関としては麻酔科(ペインクリニック)が相対的に適している。
- 泣き寝入りしないための7つの鉄則の4~6を遵守
- RSDについては、自賠責保険・労災保険は、国際疼痛学会の診断基準(1994)や本邦の判定指標(2008)よりハードルの高い認定基準を設定している。その結果、本邦の判定指標によりRSDと診断されても自賠責保険や労災保険でRSDでないと判断されることがある。
- RSDは心因性ではない。RSDによる長期間の痛みと機能障害の結果として心因反応が合併する。
はじめに
2008年、厚生労働省の研究班によって、CRPSの判定指標が作成され、2009年、その詳細な解説書が公刊されました。これによって既に紹介している穂高のRSDの記事内容に、補足をする必要が生じました。
そこで、この度、研究班の研究成果を踏まえ、新たにCRPSと表題を変え、RSDの改訂版を公にすることにしました。使い勝手を考慮して、メモ書き形式で表し、必要な補充をするという体裁を採用しました。
この改訂版が、今後の治療や後遺障害の適正な認定のとっかかりになれば、幸いです。
平成23年10月26日
弁護士法人穂高
1 CRPS(=複合性局所疼痛症候群)の概念
骨折、組織傷害や神経損傷などによって引き起こされる感覚神経、運動神経、自律神経、情動系および免疫系の病的変化によって発症する慢性疼痛症候群
※従来のRSDとカウザルギーを包含する概念。
1994年の国際疼痛学会の分類によれば、
明確な末梢神経損傷のない場合を RSD(CRPS- I 型)
明確な末梢神経損傷のある場合を カウザルギー(CRPS-II 型)
とされる。
2 CRPSの4つの特徴所見
- 病的疼痛・知覚異常(アロディニア)
- 血管運動機能異常(皮膚温変化)
- 浮腫・発汗異常
- 運動障害・萎縮性変化
(1)病的疼痛・知覚異常(アロディニア)
→病的疼痛(誘引となった外傷と不釣り合いな強い焼け付く痛み)
→アロディニア(=異痛症・感覚過敏)
ex.顔に風が当たると痛い、 ブラシやくしが痛くて使えない、 眼鏡・イヤリングが不快、痛い側が枕に当たると寝ていられない、腕時計が不快、布団や毛布が体に触れると不快
(2)血管運動機能異常(皮膚温変化)
(3)浮腫・発汗異常
ア 急性期(発症から6カ月未満)
患部に著明な炎症、皮膚温の上昇、発汗の低下
イ 中間期(発症から6カ月以上)
患部に著明な組織萎縮、皮膚温と発汗量は正常よりも高いか低い
※ カウザルギーの場合は、RSDに比べて
(1) 発症までの期間が短い、
(2) 灼熱痛がある、
(3) 損傷された神経支配領域に合致した痛みが主症状となっている、
(4) 浮腫・腫脹が少ない、
などの点に特徴があることから発見が容易。
(4)運動障害・萎縮性変化
→ 運動障害
筋の弱体化、硬化、過緊張 → 関節可動域制限(拘縮)
不随意運動(振戦、ジストニア、痙攣など)
→ 萎縮性変化
筋萎縮、皮膚萎縮、脱毛、骨萎縮、爪の変形萎縮、指の先細り
3 CRPSの病因
不明
・ 感覚異常や運動異常などは、脳機能の障害であるとの説が有力。
・ 心因性は否定された。
ie RSDによる長期間の痛みと機能障害の結果として心因反応が合併する。
心の病により痛みや運動障害が生じているわけではない。
→ 素因減額の対象とならない。
4 厚生労働省CRPS研究班によって提唱された日本版CRPS判定指標
(2008年)
厚生労働省CRPS研究班によって提唱された日本版CRPS判定指標
臨床用 CRPS判定指標 |
研究用 CRPS判定指標 |
A 病気のいずれかの時期に,以下の自覚症状のうち2項目以上該当すること。 |
A 病気のいずれかの時期に,以下の自覚症状のうち3項目以上該当すること。 |
B 診察時において,以下の他覚所見の項目を2項目以上該当すること。 |
B 診察時において,以下の他覚所見の項目を3項目以上該当すること。 |
1994年のIASP(国際疼痛学会)のCRPS診断基準を満たし,複数の専門医がCRPSと分類することを妥当と判断した患者群と四肢の痛みを有するCRPS以外の患者とを弁別する指標。臨床用判定指標を用いることにより感度82.6%,特異度78.8%で判定でき,研究用判定指標により感度59%,特異度91.8%で判定できる。 |
臨床用判定指標は,治療方針の決定,専門施設への紹介判断などに使用されることを目的として作成した。治療法の有効性の評価など,均一な患者群を対象とすることが望まれる場合には,研究用判定指標を採用されたい。 |
【補足説明】 | |
(1) | RSDとカウザルギーの双方を含む。 |
(2) | 診断基準ではない。 今後のデータ収集(専門医への紹介基準)や、治療や予後の指針の為に作成されたもの。 |
(3) | 自賠責保険や労災保険の後遺障害認定基準ではない。 本判定指標に該当する症状であっても、自賠責や労災で、CRPSを否定されることは少なくない(詳細は後述)。 |
(4) | とにかく早めの処置を(手遅れは重篤な結果に・・・) 通常ならば軽快に向かう時期に、疼き・灼熱痛・さしこむような痛み・しびれるような痛み・電撃痛のいずれかの痛みが強烈かつ常時あって(自発痛)、それが 治まるどころか時の経過とともにどんどん増強しており、鎮痛剤がほとんど効かない状態のときは、ペインクリニック(麻酔科)を受診しつつ、同時に、医師任 せにせず、腫れ、関節の固まり、皮膚の変色や温度の上昇、多汗などについて注意深く自己観察。全ての所見が出揃っていなくとも、何点かの所見が見られたと きは、CRPSだと決め打ちして、治療費が補償されるかどうかは別にして、自費を覚悟で治療することを優先して考えるべき。「保険会社が治療費を払ってく れない」は治療しない理由にならない。CRPSだったときは、「地獄の病気」を果てしなく体験することになる。 |
5 CRPSの治療方法及び受診科目
(1)確立した効果的な治療方法は見つかっていない。
試行錯誤で、星状神経節ブロック、交感神経遮断剤、末梢神経幹ブロック、交感神経切除術、ステロイド、通電法、温冷交代浴などが試され、対処療法に終始しているのが現状。
(2)治療機関
麻酔科
痛みのコントロールだけなら出来る。最も得意。
難治性疼痛の薬物療法に精通し、神経ブロックや脊髄電気刺激療法を得意とする体性感覚ブロックだけでなく交感神経節ブロックの技術をもっている。
整形外科
CRPSのまさに発症する瞬間から立ち会う立場にあり、診療機会が最も多い。しかし、慢性化したとき、麻酔科に紹介するのが通例。
脳神経外科
もともと、画像検査で描出できない疼痛治療は苦手。ほとんど経験値がない。
神経内科
本来、もっとも的確に診療できる資質能力があるはず。しかし病因や診断基準につき未確立であり、かつ紹介案件も乏しいことから経験値がない。今後に期待。
6 CRPSの予後
カウザルギー 74%が回復したとの報告あり
RSD 60%が改善しなかったとの報告あり
7 自賠責保険・労災保険の後遺障害認定基準
(1)カウザルギーの認定基準
疼痛の部位、性状、疼痛発作の頻度、疼痛の強度と持続時間及び日内変動、並びに疼痛の原因となる他覚所見などにより、12級、9級、7級の認定をする。
(2)RSDの認定基準
- 慢性期において、
- 疼痛(灼熱痛か疼き)があり、健側に比べて、少なくとも、
- 関節拘縮
- 骨萎縮
- 皮膚変化(皮膚温の変化、皮膚の萎縮)
- の全ての症状(他覚所見)が、明らかに認められる場合
にRSDと認定
以上の 1~6 の要件のうち、その一つでも欠くときは、RSDを否定。
等級は、
1.疼痛の部位、2.性状、3.強度、4.頻度、5.持続時間、6.日内変動から
別表第二第7級 | 軽易な労務にしか服することが出来ない。 |
別表第二第9級 | 通常の労務に服することは出来るが、就労可能な職種が相当程度制約される。 |
別表第二第12級 | 通常の労務に服することができ、職種制限も認められないが、時には労務に支障が生じる場合があるもの。 |
(3)日本版CRPS判定指標(2008年)との関係
ア 矛盾 ~ 自賠責保険・労災保険の後遺障害認定基準は、国際疼痛学会の診断基準(1994)、本邦の判定指標(2008)のいずれと比較してもCRPSの認定について高いハードルを設定している。 ~
RSDについて、自賠責保険・労災保険は、
1.関節拘縮、2.骨萎縮、3.皮膚の変化(皮膚温の変化、皮膚の萎縮)
を必須の条件としている。
しかし、国際疼痛学会の診断基準(1994)、本邦の判定指標(2008)のいずれにおいても、これらの所見は必須とされていない。特に、骨萎縮は認定条件からはずされている。その結果、上記の医学的基準に基づきCRPSないしRSDと診断され、後遺障害診断書が作成されたにも関わらず、自賠責保険・労災保険からRSDが否定され、(他の後遺障害はともかく)RSDとしては後遺障害が認定されないという事態が生じ得る。
イ 自賠責保険・労災保険に後遺障害等級改訂の機運はない。
(予想される自賠責保険・労災保険の根拠)
自賠責保険・労災保険の後遺障害の等級認定は、大量の外傷案件を迅速かつ平等に処理するもの。症状の実質調査をする人的物的資源もない。従って認定手続きにいう「平等」とは、形式的・画一的・機械的な平等を意味せざるをえない(裏から言えば、否定しようとしても否定のしようのない文句が付けられないケースだけ後遺障害の認定をする)。
例えば、2008年の判定指標(臨床用)によれば、痛覚過敏と発汗の低下があればRSDと診断する。しかし、痛覚過敏も発汗の低下も他覚所見としての客観性が十分とは言えず、鑑別診断の指標としても十分でない。明確な他覚所見となる 2.骨萎縮は、後遺障害の認定ファクターから外せない。
8 適正な後遺障害等級の認定を受ける方法
(1)泣き寝入りしないための7つの鉄則の4~6を遵守
(2)RSDの場合は、別紙表所定の症状と所見を漏れなく記載
(3)カウザルギーの場合は、損傷された末梢神経の名称と部位の記載が必須
(4)証明資料
両側の同時撮影写真(←主として皮膚変化)
サーモグラフィー(←皮膚温)
両側同時撮影のX線写真(←主として骨萎縮)
骨密度計測値(←骨萎縮)
筋電図、神経伝導速度検査(主として知覚・運動麻痺)