後遺障害

間違いだらけの高次脳機能障害

間違いだらけの高次脳機能障害 第5回 Q&A

高次脳機能障害の神経心理学的テストとしてどのようなものがありますか。代表的な各テストのそれぞれの特色について教えて下さい。
主なテストを一覧表にしました。

 

 

検査名
標準化
基準値
時間
概要
知能
WAIS-R
成人知能診断検査
90分
言語性、動作性等知能検査の総合バッテリー。年齢ごとに偏差値が設定されている。100を基準に±10で普通。70〜79で劣る、69以下は最劣。重度障害者には負担が重過ぎる。
改訂長谷川式(HDS-R)
×
20分
30点満点中20点以下が痴呆域
MMSE
×
20分
知識、見当識の他に動作性記憶(図形模写等)も検査する。30点満点で、痴呆の判断については、26以下、23以下、20以下と病院により見解が分かれる。
記憶
三宅式
15分
意味記憶力を診る。有関係−1回目8.5点、2回目9.8点、3回目10点 無関係−1回目4.5点、2回目7.6点、3回目8.5点が平均値。最近はAVLTテストに取って換わられつつある。
REYの複雑図形

×

10分
視覚性記憶力を診るが構成力も診る。36点満点。30分遅延再生で30代では17で平均値
WMS-R
(ウェクスラー記憶検査)
40分
前向性記憶に関する総合的な記憶テスト。年齢ごとに偏差値が設定されている。100を基準に±15点で普通。
RBMT
(日本版リバーミード行動記憶検査)
30分
日常生活場面に即した記憶テスト。スクリーニング点合計(SS最高12 点)と標準プロフィール点合計(SPS最高24点)。SS7点以下、SPS19点以下で記憶障害が疑われる。 60歳以上ではSSが5点以下、 SPSが15点以下とされる。設題が平易過ぎて日常生活の問題行動が反映されていないとの指摘がある。
注意
かな拾いテスト
×
5分
注意力と遂行機能を診る。年代別に平均値と(境界値)が設定され、20代−44点(30)、30代−42(29)、40代−36(21)、50代−32(15)、60代−24(10)、70代−22(9)、80代−19(8)
D-CAT
×
5分
数字抹消により注意の焦点化と維持、処理速度を測定。平均点は50点
TMT
(トレイルメイキングテスト)
×
10分
ランダムに配置された数字や仮名を順に繋いで行く時間を測定するテスト。注意の分散や制御機能を診る。年齢により異なるが、パートAは30秒〜50秒、パートBは60秒〜120秒で正常
PASAT
×

10分

聴覚的な持続性の注意機能を測定。正答数はPart1、part21ともに各60点。平均は、16歳〜29歳では、part1で27、part2で42、30歳〜49歳ではpart1で25、part2で42、50歳〜69歳では、part1で21、part2で36
遂行機能
WCST
(ウィスコンシンカード・ソーティングテスト)
×
30分
柔軟性や転換能力を診る。正答数が3以下か、又は誤反応数が10以上の場合は障害が疑われる。
BADS
(前頭葉機能検査)
30分
日常生活で起こる問題解決能力を評価するもの。最高点は24点。プランニングテスト項目以外は日常生活上の実際の問題点を敏感に反映していないとのコメントあり。
PCRS
×
10分
ADLやコミュケーション能力に関する30項目について本人、家族、医療従事者の認識のギャプを測定。

 

補注

標準化と基準値の意味について、混同して説明されているホームページが散見されますので、ここで説明しておきます。
※ 混同や誤解が生じるのは医学書によって、基準値のことを標準値とか平均値、場合によっては境界値とかバラバラに表現されていることも一因だと思われます。

 

まず、基準値(標準値とか平均値とか呼称されることもあります)とは、被験者の点数が標準的(平均的)な範囲内にあるのか、劣っているとしてどの程度劣っているのか判断する目安となる値のことを意味します。

 

これに対し、標準化とは、基準値が設定されているのに加えてさらに、テストの実施方法(問題提示の仕方や計時のタイミング、記録の取り方、特定の注意の与え方、教習の仕方等)や採点方法について厳密に設定されているものを意味します。すなわち実施方法や採点方法が全て統一化されていることです。
検査者用の仕様書(マニュアル書)は、実に詳細に記載されています。中には、WAIS−IIIのように2分冊に分かれ、総ページ数で300ページを超えるものまであります。
このように、基準値の他さらに実施方法や採点方法が厳密に統一化されているのは、成績評価の客観性や信憑性を担保するためです。同じテストであってその実施方法や採点方法が、各医療機関や、同じ医療機関であっても各検査者によってバラバラにしていたのでは、成績評価の信憑性がないからです。

 

以上から、標準化されているテストは、全て基準値(標準値)も設定されているといえますが、基準値(標準値)が設定されているテストは標準化もされているとはいえないということになります。

 

これを、長谷川式簡易知能評価スケール(HDS—R)で説明します。このテストは、所要時間が短く、検査者の習熟度を問わず簡便に全般的な評価ができることから、日本で最も利用頻度の高い簡易痴呆スケールです。このテストについては、上記の一覧表に、

 

検査名
標準化
基準値
時間
概要
改訂長谷川式(HDS-R)
×
20分
30点満点中20点以下が痴呆域

 

 

と記載しています。
この意味は、このテストは、基準値は20点以下が痴呆域と設定されているが、標準化はされていないという意味です。

 

では、このテストが標準化されていないとは、具体的にどういう意味でしょうか。それは、このテストの8問目に、相互に無関係な5つの品物(たとえば、時計、鍵、タバコ、ペン、硬貨)を見せて記憶させ、それらを隠して再生させるという項目があります。
この項目では、相互に無関係な5つの物を見せて記憶させて再生させるところまでは統一化されています。しかし、

 

  • 具体的にどのような物を見せるのか
  • 見せる物は、全被験者で統一しておくのか、区々でいいのか
  • どのくらいの時間見せるのか
  • どのくらいの時間経過後に再生させるのか
  • 再生時間としてどの程度の時間的猶予を与えるのか
  • ヒントは与えるのか
  • ヒントを与えるときは、どの程度までのヒントを与えるのか


などについては統一されておらず、各医療機関や各検査者に任せられています。

この項目の配点は5点です。このテストの満点は30点ですから、統一化されていないことによる得点の影響力は少なくないと思われます。

 

<次回テーマのご案内>

神経心理学的テストの有用性については、医療従事者の間でも、テスト結果は参考になるとか、あまり参考にならないとか、意見がわかれているようです。どうしてこのように意見が分かれているのですか?その事情について教えてください。