間違いだらけの高次脳機能障害 第2回 Q&A
高次脳機能障害を診てもらうには、どのような医療機関がいいのでしょうか?また、専門医は、脳神経外科医、精神科医、リハビリテーション科医、どの診療科目の医師ですか? |
医療機関も専門医も、高次脳機能障害自立支援普及事業・地域ネットワークに所属しているのであれば、医療機関の大小、専門科目は問われません。 そのようなネットワークに所属しているのは、高次脳機能障害の認知リハビリの臨床経験豊富な医療機関であるのが通常です。 |
ポイント
病院選びも専門医選びも障害者自立支援地域ネットワークとの関わりの深度が決め手となります。大学病院だから・・、公立系の総合病院だから・・、脳神経外科医だから・・、精神科医だから・・は間違いです。
解説
1 障害者自立支援地域ネットワークの重要性
(1) ゴールまでのプロセス
高次脳機能障害の本質は、人間関係障害であり社会生活障害です。その障害を少しでも改善して、障害が残っていても家庭や社会での生活に適応できるようにし、最終的には障害レベルに応じた安定就労(又は就学)が出来るまでに改善することがゴールとなります。
そのためには通常、
めには通常、
急性期(救急救命)医療 |
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医学的訓練(特に認知リハビリ) |
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(生活訓練)
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職能訓練 |
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就労支援(移行&定着支援) |
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ゴール(安定就労) |
の各プロセスを辿ることが必要となります。
(2) 問題点
受傷からゴールまで最短でも2年以上はかかります。本人やご家族にとっては辛くて長い戦いです。ご家族の負担は大きく、障害者本人よりも先にご家族の方が経済的にも精神的にも参ってしまい、途中で挫折してしまうことは稀ではありません。
また、生活訓練や職能訓練は医療機関の専門外の領域です。通常の交通外傷のように医療機関だけで解決できる問題ではありません。
そこで、医療ソーシャルワーカー、支援コ—ディネーター、ホームヘルパー、ケースワーカー、カウンセラー、職業指導員、ジョブコーチ、作業所の指導員等の相談・支援が必要となります。
ところが、そのような相談・支援者は、通常、別々の機関(病院、市町村地域包括支援センター、地域福祉協議会、障害者福祉施設、障害者生活支援センター、障害者更生施設、介護サービス事業所、障害児教育関係施設、ハローワーク、障害者職業センター、中途障害者施設作業所など)に所属しており、各々専門も違います。ですから、相互交流・情報交換を蜜にし、いざというときに迅速な連携プレーがとれるスキームがなければ、障害者にとって有為な支援活動が出来ません。
(3) 高次脳機能障害自立支援普及事業に基づく自立支援地域ネットワークの登場
そこで、平成18年10月施行された高次脳機能障害自立支援普及事業に基づき、徐々にですが、各地方及び各地域単位で自立支援地域ネットワークがそれぞれ構築されるようになりました。
2 医療機関の選択
そのような地域ネットワークの拠点となっているのは、いずれの地域も市町村ではなく、高次脳機能障害の認知リハビリの臨床経験が豊富な病院です。
※ 厚生労働省が平成13年度に実施した「高次脳機能障害支援モデル事業」で拠点病院とした各病院もリハビリテーションに注力してきた病院です。
(http://www.mhlw.go.jp/houdou/2003/04/h0410-1.html)
大学病院は北大病院を除き含まれていません。大学病院は、ごく一部の大学を除いて高次脳機能障害の認知リハビリの臨床経験が豊富とはいえませんし、臨床経験があっても、地域ネットワークにも所属していないのが通常です。
そのような拠点病院では、医師、セラピスト等が中心となって、他の病院や診療所(クリニック)の医療従事者、福祉課担当の市町村の職員、医療ソー シャルワーカー、ホームヘルパー、ケースワーカー、カウンセラー、ジョブコーチ、当事者・家族の会、作業所の指導員等を交えて、定期あるいは不定期に、情 報交換会、勉強会、研修セミナーを開催し、充実した支援に向けて日々研鑽を積んでおられます。
そして、その拠点病院となっている担当医師は、神経心理学に精通し、脳病態生理学(脳が病理現象にあるときの身体機能の状態と脳機能の低下をきたす原因を解き明かす医学)にも知見のあるリハビリテーション医であるのが通常です。
ご注意
リハビリテーション医であるか否かが重要なのではなく、重要なのは神経心理学に精通し、脳病態生理学にも知見があって、かつ認知リハビリの臨床経験が豊富な医師であるか否かということです。そのような特別の知識と経験を積んだ医師であれば、もともとの専門分野が、脳神経外科であれ、神経精神科であれ、リハビリテーション科であれ、神経内科であれ、整形外科であってもいいのです(実際、高次脳機能障害は新しい病態なので、拠点病院のリハビリテーション科目を担当する医師の大半はもともと整形外科が専門の医師であり、脳神経外科医は少ないという現実があります)。
たまたま救急搬送された病院が、地域ネットワークの拠点となっている総合病院であれば幸運です。
救急救命措置 → 急性期における脳神経外科医・整形外科医・外科医等による生命維持管理 → 亜急性期における神経内科 医、神経眼科医、神経耳鼻科、整形外科医の鑑別診断と治療、医療ソーシャルワーカー等によるアドバイス → 慢性期における高次脳機能障害の確定診断と認 知リハビリ、カウンセラー等によるご家族のメンタル相談 → ホームヘルパー等による生活訓練 → ケースワーカーやジョブコーチ等による職業訓練 → 社会復帰 というコースの全プロセスを通じて拠点病院から紹介された専門家等のアドバイスや支援を受けながら経済的精神的負担を最小限にして、ゴールにた どり着くことが期待できます。
ところが、このような病院は全国でもごく僅かですから、そのような幸運に恵まれることはまずないでしょう。
通常は、地域ネットワークに所属していない病院に救急搬送され、1か月以上経過して身体機能が安定してくると退院となり、高次脳機能障害の診断やリハビリは、他院を紹介されるか、ご自身で探すことになります。
その際、紹介された転院先の医療機関は、地域ネットワークに所属している病院か診療所(クリニック)であることが絶対に必要です。
救急搬送された病院の主治医(通常は脳神経外科医か整形外科医)の紹介だからといって安易に信用してはいけません。地域ネットワークに所属していない医師の紹介である以上、ベストの紹介先を知らないのが通常だからです。
やはり、ご家族も自身でもチェックすることが必要です。
チェックポイントとしては、ホームページやパンフレットに、
- 専門科目の表示に精神科や脳神経外科の他にリハビリテーション科を標榜しているか
- セラピスト(言語聴覚士・作業療法士・臨床心理士)の人員構成が明記されているか
- リンク先に、介護サービス事業所、障害児教育関係機関、障害者福祉施設、当事者・家族の会、ケアマネージャー、地域包括支援センター、障害者生活支援センター等の各連携機関が掲載されているか
等が重要な目安となります。
たしかに、高次脳機能障害自立支援普及事業が施行されたのは平成18年10月とまだまだ新しことから、各地域ネットワークとも暗中模索の状態を脱しておらず連携も十分でありません。さらにサービスの充実度も各地域間の格差が極端に激しいという問題点を抱えています。
しかし、それでも、そのようなネットワークに参加している医療機関か否かによって障害者の予後は相当程度違ってきます。
とりわけ、病院の実力差がはっきりと出るのは、軽度外傷性脳損傷(mild・TBI)の鑑別診断と治療の領域です。ネットワークに所属している医療機関であれば脳MRI画像で異常がないというだけでは脳損傷を否定して診療の対象外とし、家族を路頭に迷わせるようなことはしません。
軽度外傷性脳損傷(mild・TBI)については、アメリカ・リハビリテーション医学協会(1993)や、WHO世界保険機関(2004)によってそれぞれ確立された診断基準がありますが、ここでは、
- 受傷直後の意識障害レベルが軽度か又は判然とせず、
- CTやMRIでも脳損傷の有為な画像所見も得られないが、
- 脳外傷による認知機能障害や人格情動障害が認められるもの
と定義しておきます。
※ 日本では診断基準はありません。そもそも軽度外傷性脳損傷(mild・TBI)の病態があることすら知らないか、仮に知っていても脳損傷による後遺障害として認めない脳神経外科医が圧倒的多数を占めていると指摘されています。
このような軽度外傷性脳損傷(mild・TBI)は、通常であれば後遺障害を残さず3か月から半年程度で治癒するが、なかには治癒せずに後遺障害として残存する例があります(その割合は、7%〜33%とされているようです。もちろん報告書の作成者は日本の医師ではありません)
それでは、このような軽度外傷性脳損傷(mild・TBI)患者が終始、地域ネットワークに参画していない医療機関において診療を受けた場合、どのような症状経過を辿るのでしょうか。
(未だによくある例)
救急搬送された病院では、昏睡状態に陥っているなど初見で明らかな脳神経学的異常所見が得られる場合以外は、整形外科医が担当医となります。
軽度外傷性脳損傷(mild・TBI)であれば、亜急性期から回復期に向かう頃に、徐々に、認知機能障害や人格情動障害の症状が顕現し始めます。
整形外科医は、自分の専門外ということで脳神経外科医に鑑別診断を依頼します。
脳神経外科医は、脳MRI画像だけを見て(神経心理学的テストを一切せず)異常なしと判断し、精神科医に鑑別診断を依頼します。
精神科医も、脳病態生理学や神経心理学的テストに精通している医師が少ないことから、 SPECTやPETで脳血流の低下が認められないのにうつ病や統合失調症と診断したり、あるいは、事故後の傾眠傾向が顕著で、発動性や意欲低下も内省を伴 わないアパシー(平板な感情鈍麻)状態であるのに、うつ病だと診断したりします。
※高次脳機能障害に精通する専門医は、精神科医が脳の器質的損傷の有無を鑑別せず(あるいは鑑別方法の知見がないまま)、安易にメジャートラキライザー 等の抗精神薬を長期間にわたって大量投与し、その結果、認知機能を著しく低下させ、結局は、人格の荒廃を招いて閉鎖病棟に長期間患者を収容するなど、か えって症状を悪化させている現状があることに強い不信感を抱いています。
要するに、脳外傷による高次脳機能障害であると気付かれないまま診療の対象外として放置され、症状を悪化させる危険性が極めて高いのです。
これに対し、認知機能障害や人格情動障害の症状が顕現し始めた段階で、地域ネットワークに属している医療機関に診てもらえば、画像で異常所見が得られないというだけでは脳損傷を否定しません。ありとあらゆるスキルでもって鑑別診断し、適格な診断と治療方法を受けることが期待できます。豊富な高次脳機能障害の臨床経験から、軽度外傷性脳損傷(mild・TBI)による後遺障害としての高次脳機能障害に知見があるからです。
<次回テーマのご案内>
高次脳機能障害であっても、精神錯乱状態が酷い場合は、認知リハビリを受けさせてもらえないと聞きました。他のリハビリ患者さんに迷惑だからでしょうか?高次脳機能障害の認知リハビリの適応を教えて下さい。 |