後遺障害

高次脳機能障害被害者とそのご家族の方へ(2)

我々は、幸運なことに、高次脳機能障害の分野では知らない人はいないと言われるほど高名な脳神経外科医が主催される月に一度の高次脳機能障害の勉強会に参加させて頂いております。

 

その医師から、随分以前より『壊れた脳 生存する知』(山田規畝子著)という本を読んでみることを勧められていました。ところがこれまで中々読む機会がありませんでした。ようやく機会があって読んでみたところ、あまりの内容の凄さに一気に読み切ってしまいました。

 

この本は、整形外科医である山田規畝子氏が重篤な高次脳機能障害となるも、その懸命なリハビリの結果、みごとに社会復帰を果たされた過程が記されたものであり、「今 なお周囲の無理解や医療関係者の心ない言葉に傷つき、くじけそうになっている同病の方々や家族のみなさんにとって、いくばくかの励ましとなれば幸い」「自 由には動けないことを周囲に説明できない患者さんが少しでも理解を得てもらうための説明の書として利用してくださることを願っている」との思いで、重い症状にもかかわらず4年以上の歳月をかけて書かれたものです。

 

本書については、各メディアに大きく取り上げられ、インターネット上も多数のレビューが掲載されていますが、我々なりの紹介を試みたいと思います。

山田氏は、整形外科病院の院長であった34歳の時に脳出血と脳梗塞で高次脳機能障害となり、目の前の階段が上りなのか下りなのかがわからない(空間性認知障害)、数分前のことが覚えられない(記憶障害)、思ったことを伝えようにも適切な言葉が出て来ない(言語障害)などの症状が出ました。

 

しかし、山田氏は懸命のリハビリの結果、2年半後に医師として職場復帰します。ところが、職場復帰を果たして半年ほど経過した37歳のとき、再び脳出血を起こします。今回の脳出血は、執刀医が「これはダメだ」と思ったくらいの大量出血で、脳の右半球の大半を占拠した血の塊りによって損傷された部位は、前頭葉、頭頂葉、側頭葉、後頭葉と広範囲でかつダメージの程度も大きいものでした。

 

その結果、前回より重篤な高次脳機能障害の諸症状が顕現し、人の絵を描くと左 半分を無視して描く(半側空間無視)、生きる気力がなくなる(発動性の低下・意欲低下)、服を着たり脱いだりできない(着衣失行)、といった新たな症状が 出ました。また左半身が麻痺し、食べ物を上手く飲み込めない(嚥下障害)、呂律が回らない(構音障害)といった症状も出ました。

 

しかし、ここでも懸命のリハビリをして老人保健施設の施設長として社会復帰を果たされます。

 

壮絶の一語に尽きます。以下、特に参考になると思われる記述を抜粋してみました。

 

抜粋

高次脳機能障害の患者さんへ

  • たくさんの人と会話することが、このうえないリハビリ
  • 繰り返し練習することが、リハビリに多大な効果をもたらすことを体で知った
  • なんといっても一番のリハビリは社会復帰だった
  • 「リハビリを人まかせにしてはいけない」
  • 「『医者の言うことを聞いてればいい』は間違い」
  • 「専門家の言うことはあくまで参考意見」
  • 「自分の症状にきちんと向かい合ってみる」

 

※なお、本書の解説を担当された神経心理学の権威でありカリスマ医師と称される山鳥重教授は「何にもまして彼女の手記は、障害者本人の生活復帰への強い意志がいかに回復にとって重要な役割を果たすものかを、具体的な形で教えてくれる」と指摘されておられます。

 

ご家族の方へ

「高次脳機能障害では、知能の低下はひどくないので、自分の失敗がわかる。失敗したとき、人が何を言っているのかもわかる。だから悲しい
「肉親くらいは優しくしてくれるかというと、ところがどっこい。・・『しっかりしろ』と容赦ない。さらに落ち込む」
「どうか、やたらと叱責したり、『しっかりしなさい』とお尻を叩くのを控えていただきたい」「『ガンバレ』と言われて、『ハイ』とがんばれるような病気ではない」「感情はないわけではなく、ひどいことを言われれば、心は傷つく。結果的にやる気がなくなり、ますます悪い方向へと進むだけ
「反対に、病状を案じるあまり、『いいのよ、何もしなくて。病気なんだから』と大事にしすぎるのも考えものだ。それでは社会で出そびれて、引きこもってしまうケースもある。」
できなくなったことばかりに目をむけるのではなく、現状で『これもできる』『あんなこともできる』ということを探し、患者さんのプライドを尊重しつつ、サポートしていただければと、せつに望む

 

医療スタッフの方へ

日本には、少数の例外をのぞいて、この病気をきちんと理解している医師はほとんどいない。専門的に治療が行える医療機関も極端に少ない
療法士についても「充分な理解を持っている専門家がどれだけいるのか。」「不用意な発言で患者のやる気をそいでしまっていることが少なくない。」
横柄な医師、高齢の患者さんをまるで赤ん坊か幼児と勘違いしているかのような看護師など、患者を自分より劣った人間のように扱う医療関係者が多いことも、患者の立場になってあらためて実感した

 

皆さんへ

高次脳機能障害者は「大人としてのプライドは心の中にしっかりと残っている。」「人間としての誇りまで、どこか遠い過去に置き忘れたわけではない」
誇りを守るために「私たちは自分の障害と向き合い、落ち込みながらも、なんとか頑張ろうとしている。そのことをわかってもらいたい。ひとりの人間として扱ってもらいたい。」

 

どれもこれも重くのしかかってくる言葉です。

 

最後に、本書は、高次脳機能障害を取り扱う弁護士や裁判官にも貴重な情報を提供してくれていることを指摘しておきます。

 

高次脳機能障害の各症状は各種文献でその概要を知ることが出来ますが、具体的な被害者の症状や認知の内容については、ご家族の方でもわかりません。本人も正確に我々に伝えることは困難です。

 

その点、本書は、その症状や認知内容を具体的にイメージする手掛かりになるものとして大変有益です。

 

たしかに、自覚症状は、その性質上、純粋に主観的なもの以外ではあり得ず、当の本人以外には神経心理学の専門医で さえわからないという限界はあります。そのような限界はありますが、山田氏は医師であるだけに、可能な限り自身の各種の自覚症状や認知障害の内容を冷静 に、そして分析的に述べておられます。読んでいて、なるほど、あの被害者の認知内容もそのようなものであったかも知れない、と具体的にイメージ出来ること が多々ありました。

 

是非、「壊れた脳 生存する知」読んでみて下さい。

 

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