ポイント
1 |
鎖骨付近の内部にある腕神経叢が強力に引っ張られるような事故態様・受傷機転があったか |
2 |
事故直後から上肢の運動麻痺などの症状が顕現していたか |
1 腕神経叢損傷(麻痺)とは
主として頸脊椎から出て腕のほうへのびる神経の束(電気の配電盤のようなものです)が、鎖骨付近で損傷され、肩や腕の運動、知覚が麻痺するものです。
2 原因
腕神経叢の損傷は、首を横にねじり、肩を強く引き下げるような力が加わった時におこりますが、圧倒的に多いのは、オートバイの転倒事故です。すなわち、転倒時に肩が先に地面に着いて制動された状態で身体が前方に投げ出されるため、腕が強く引っ張られ、同時に神経叢も引っ張られて起こる「牽引損傷」が大部分です。
稀に、鎖骨や第1肋骨を骨折し、その骨片によって神経叢が直接挫滅される場合もあります。
3 分類
(1) 麻痺の範囲による分類
- 上位型 肩から肘に及ぶもの(C5.6.7神経損傷)
- 下位型 肘から手指に及ぶもの(C7.8.T1神経損傷)
- 全 型 上肢全体に及ぶもの(C5〜T1神経損傷)
※全型が最も多い。
(2) 損傷の部位による分類
ア 節前損傷(引き抜き損傷)
神経根が脊髄から引き抜かれたもの。麻痺は回復しません。
イ 節後損傷
神経根か、その遠位での損傷。ある程度の回復が期待出来ます。
4 後遺障害等級
自賠責保険の後遺障害の等級としては、
5級 |
1上肢の用を全廃したもの |
6級 |
1上肢の3大関節中の2関節の用を廃したもの |
8級 |
1上肢の3大関節中の1関節の用を廃したもの |
10級 |
1上肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの |
12級 |
1上肢の3大関節中の1関節の機能に障害を残すもの |
に分類されます(両腕のケースでは別途、高い等級が設定されています)。
- 上肢とは、肩関節から手関節までを言います(手指は除かれます)
- 上肢の3大関節とは、肩関節、肘関節、手関節を言います。
- 全廃とは、3大関節の全部が全く動かせないか、それに近い状態(可動域が健側の10以下)になっていることを言います。
- 用を廃したとは、関節が全く動かせないか、それに近い状態に(可動域が健側の10以下)なっていることを言います。
- 著しい障害とは、関節可動域が健側の1/2以下になっていることを言います。
- 障害とは、関節可動域が健側の3/4以下になっていることを言います。
5 診断方法
節後損傷のケースでは、麻痺の回復が期待出来ることから、引き抜き損傷型なのか、それとも回復を期待して保存あるいは手術を行うべき型のものなのかを鑑別することが重要になります。
脊髄造影(ミエログラフィー)
引き抜き損傷型では、硬膜から造影剤が漏出しているのが所見できます。
※ MRIより遥かに解析度が高く信頼度が高いとされています。
軸索反射テスト
引き抜き損傷型では、神経叢にヒスタミンを注射すると、皮膚が発赤したり腫れたりします。
その他、各種の神経学的検査による神経損傷部位の特定
6 事故態様(受傷機転)と症状経過の重要性
腕神経叢損傷(麻痺)のケースでは、通常の後遺障害と異なり、本当は腕神経叢損傷なのに見過ごされるということはなく、逆に、本当は、腕神経叢損傷(麻痺)ではなく頸椎捻挫(むちうち損傷)なのに、腕神経叢損傷(麻痺)と誤診され、不安に陥れられ治療が長期化させられる場合の方が多いので、注意が必要です。
特に、引き抜き損傷型でないケースでは、神経損傷の部位を特定することが容易でないことから、頭痛、項部痛や肩の 張りよりも上肢のシビレ感や脱力感、知覚異常などの自覚症状が強いときは、ろくな神経学的テストがなされないまま腕神経叢損傷(麻痺)と誤診されることが あるので注意が必要です。
そのような誤診を避けるためには、事故態様(受傷機転)と症状経過が特に重要となります。
ア 受傷機転把握の重要性の根拠
腕神経叢損傷の場合は、引き抜き損傷型でなくとも、とにもかくにも首から肩にかけて腕神経叢を強力に引っ張る力が加わって初めて生じる外傷です。頸椎捻挫の受傷機転である追突で腕神経叢損傷(麻痺)という重篤な病態が起こる可能性は極めて低いからです。
イ 症状経過把握の重要性の根拠
頸椎捻挫であれば、上肢のシビレ感や脱力感、知覚異常などの自覚症状は、事故後2〜3カ月経過した時点で相当程度改善していますが、腕神経叢損傷(麻痺)のケースでは、上肢の運動麻痺等の神経症状は事故直後に発生し、しかもほとんど改善しないからです。
大げさな診断に惑わされないことの方が重要です。