後遺障害

素因減額について

ポイント

1

素因減額とは、被害者に実際に生じた損害が、その事故によって通常発生するだろうと考えられる損害の程度と範囲を超えてしまっている場合に、

その損害拡大が被害者自身の心因的要因や事故前からの基礎疾患(身体的要因)に原因があると認められるときは、その拡大損害部分については被害者の自己負担とし、賠償の対象としないするという取扱いのことをいう。

2

素因減額が問題となるケースとして

  1. 事故前から既往症があった
  2. 事故態様が軽微であるのに、治療が長期化している
  3. 受傷内容が軽微であるのに治療が長期化している
  4. 他覚所見がなく、不定愁訴、過大愁訴気味、ヒステリー気味、短期間で転院を繰り返している

 

等があげられる。

3
老化現象による退行変性(変形性頸椎症、ヘルニア等)は、それが年齢相応のものであると認められる限りは、素因減額の対象とされないのが原則
4
後縦靱帯骨化、脊柱管狭窄、脊椎(腰椎)分離、胸郭出口症候群、腰椎すべり、頸肩腕症候群、PTSDやその他の精神症状などは、ほぼ確実に素因減額の対象とされる。
5

減額割合についての明確な統一基準はない。しかし、通常は

 

  1. 事故態様と車両の損傷状況 ?軽微物損か否か?
  2. 既往歴の有無とその内容・程度 特に、事故前から同一の症状が顕現していたか否か、その症状に対する通院治療歴があったか否か、通院治療歴があったときは本件事故からどの程度遡った時期に、どの程度の期間通院治療していたか否か
  3. その交通外傷の治療に要する平均治療期間
  4. 通院態度(頻繁な転院)、症状経過(不定愁訴、過大愁訴、)事故前からのストレスの有無と程度・内容その他

 

のファクターから個別に判断される。
※ 但し、RSD(CRPS?I型)については、以上とは全く異なるファクターによって判断される(『RSD被害者の方へ』参照)

6

画像による異常所見の有無や程度は、減額割合の判断の決め手にならない。

 

1 素因減額とは

例えば、交通事故の前からノイローゼ気味であったり過度のストレスがあった人、あるいは事故前から頸椎椎間板ヘルニアという基礎疾患があった人が、交通事 故に遭遇した場合、その事故の内容が極めて軽微であって、通常人では医師の治療を要するような交通外傷は発症しないか、発症したとしても短期間で治癒する ような事故であっても、治療が極端に長期化してしまい、かつそれが詐病ではないというケースがあります。
このような場合に、損害の全額が賠償されず、賠償額が一定の割合で減額されることがあります。これを素因減額といいます。

 

すなわち、素因減額とは、被害者に実際に生じた損害が、その事故によって通常発生するだろうと考えられ る損害の程度と範囲を超えてしまっている場合に、その損害拡大が被害者自身の心因的要因や事故前からの基礎疾患(身体的要因)に原因があると認められると きは、その拡大損害部分については被害者の自己負担とし、賠償の対象としないするとい取扱い(最高裁昭和63年4月21日判決)をいいます。

 

かつては、所謂「あるがまま判決」に代表されるように、そもそも事故に合わなければ被害者にそのような損害が発生する ことはなかった、だから、加害者は、本件事故との因果関係が認められる限り被害者に実際に生じた損害の全額を負担すべきであるとする減額否定論と減額肯定 論が学説・判例で激しく対立していました。

 

現在では、その論争に終止符が打たれ、

 

  1. いかなる場合に素因減額されるのか
  2. 素因減額が肯定される場合に、どの程度の割合の減額がされるのか
  3. それらの基準は何か

 

という形に議論がシフトしており、現在、様々な基準の定立が模索されていますが、いずれも決め手に欠いていて、裁判官の直感によって決定されているという状態です。

それでも、全くの直感に頼った場当たり的な判断がされているわけではなく、大まかですが一定の判断の枠組みがありますので、以下、順次説明してゆきます。

 

2 素因が疑われる類型(詐病でないことが前提)

 

  1. 事故態様が軽微であるのに、治療が長期化している。
  2. 受傷内容が軽微であるのに治療が長期化している。
  3. 他覚所見がなく、不定愁訴、過大愁訴気味、ヒステリー気味、短期間で転院を繰り返している。

 

などのケースでは確実に素因の関与が疑われます。

 

3 素因減額の対象となり得る身体的要因

事故前は無症状であったとしても、事故を契機として神経痛などの症状が一挙に現れる一群の疾患があります。
それらの例として、椎間板ヘルニア(症)、変形性頸椎(症)、変形性腰椎(症)、後縦靱帯骨化(症)、脊柱管狭窄(症)脊椎(腰椎)分離(症)、胸郭出口症候群、腰椎すべり(症)、頸肩腕症候群、RSDなどがあります。

 

※ 但し、RSDについては、本項の説明が妥当せず、全く別個の検討を要します(詳細は『RSD被害者の方へ』をお読みください)。

 

これらの疾患は、医師によって「外傷性脊柱管狭窄症」と診断書に記載するなど、あたかも交通事故に因って脊柱管が狭窄したかのような診断名が付けられるケースが多いのですが(医療用語が統一されていないことについては、『混乱を極める診断名』を参照下さい)、脊柱管の狭窄は交通外傷に因って生じることはありません。事故前から既にあった基礎疾患です。ただ、症状がなかったことから本人が気付かなかっただけです。

 

4 素因減額の対象とならない身体的要因

もっとも、以上の基礎疾患のうち、変形性頸椎(症)や変形性腰椎(症)、頸腰椎椎間板へルニア(症)など、いわゆる老化現象による退行変性は、それが年齢相応のものである限り、素因減額の対象とされません。

 

人は加齢にともない各頸椎の間が狭くなったり(頸椎間の狭小化)、頸椎の端の部分がとげとげしくなったりします(骨棘の形成)。それがあるからと言って直ちに痛みが出るわけではなく、むしろ症状が出ないほうが多いのですが、交通外傷を契機として一挙に症状が出てしまう場合があります。そして一旦症状が出ると頑固な神経症状に悩まされ、治りがどうしても若者に比べて遅くなってしまいます。

 

しかし、頸椎間の狭小化や骨棘の形成などは、中高年の大半にみられる所見であって、人であれば加齢に伴い誰にでも不可避的に生じるものです。ですから、若者の受傷の場合(とりわけ幼児の場合はむちうち損傷にならないとされています。それだけ頸椎が柔軟に出来ているのです)に比べて治療が長期化することによって治療費、通院交通費、通院慰謝料などが高額となって損害が拡大したとしても、その拡大損害はその被害者特有の特別の事情を原因として発生したというわけではありません。

 

ですから難しい議論はともかく、加齢による退行変性によって生じる基礎疾患については、公平の見地から素因減額の対象としない、という点については、近時の確立した判例法理となっています。

 

但し、減額がされないのは、あくまで年齢相応の退行変性が原因と認められるものに限られます。その限度を超えて、異常なほど治療が長期化し症状が重篤化しているケースでは10%?20%の範囲内で減額されることはあります。

 

5 素因減額の対象とされる身体的要因

これに対し、後縦靱帯骨化、脊柱管狭窄、脊椎(腰椎)分離、胸郭出口症候群、腰椎すべり、頸肩腕症候群などは、加齢による退行変性ではなく、中高年の大半でみられる所見でもないことから、ほぼ確実に素因減額の対象とされています。
また、身体的要因ではありませんが、PTSDやその他の精神症状もほぼ確実に素因減額の対象とされています(『精神障害(非器質性精神障害)について』参照)。

 

6 減額割合の判断要素

これについては、前述のように、様々な基準定立の試みがなされていますが、現在のところ確たるものはありません。
それこそ個々の事案に即したケースバイケースの判断で、減額割合は10%?90%までの幅で認定されています。

 

ただ、いずれの裁判でも、減額割合を認定するに際しては以下のファクターが判断資料とされています。

 

  1. 事故態様と車両の損傷状況 ?軽微物損か否か?
  2. 既往歴の有無とその内容・程度 特に、事故前から同一の症状が顕現していたか否か、その症状に対する通院治療歴があったか否か、通院治療歴があったときは本件事故からどの程度遡った時期に、どの程度の期間通院治療していたか否か
  3. その交通外傷の治療に要する平均治療期間
  4. 通院態度(頻繁な転院)、症状経過(不定愁訴、過大愁訴、)事故前からのストレスの有無と程度・内容その他

 

例えば

  1. 加害車両・被害車両とも目を凝らして見ないことには一体どこが損傷したのか判然としない軽微物損であり
  2. 事故の半年前から同じ神経症状の既往症があって入通院治療をしていて
  3. 通常、長くとも3カ月程度で治癒するところ2年以上通院しており
  4. その間、頻繁な転院を繰り返し、他覚所見がないのにその診断からはそのような症状が出るはずのない愁訴があり、しかも過剰気味に愁訴されていた

 

といったように、上記1?4の全てのファクターに該当するケースでは、現在の症状や治療の長期化は、本件事故が主たる原因となっているのではなく、 事故前の既往症と被害者の既往症が主たる原因となっていると考えられることから、減額割合は少なくとも50%を超える判断がなされる傾向にあります。
そして、上記の事例で、もともとの既往症が重篤であったときは、さらに高率の減額がされることがあります。

 

これまでに、最大の減額がされたケースは90%であり、軽微衝突後、頸髄症等で7級の後遺障害を残した50歳男子 塗装リフォーム業者について、9年8か月前、屋根から転落し身障者3級右半身知覚鈍麻等「存在していた頸髄症・腰髄不全損傷」が「影響を与えた」ので、損 害の「9割を減額する」と認定した裁判例があります(東京地裁・平成15年3月26日判決)。

 

7 画像による異常所見の内容・程度を減額割合の判断資料としてはならない

例えば、画像で後縦靱帯骨化の異常所見がある場合、その骨化の内容や程度を判断資料のひとつして減額割合を重視している裁判例が散見されますが、これは、裁判所の積極ミスと断言して差し支えないと思います。
何故なら、画像上の解剖学的異常所見の内容・程度と、実際の症状の有無及び程度がリンクしないからです。

 

たとえば、近畿大学医学部脳神経外科種子田護教授も指摘するように、脳の萎縮の有無・程度と精神症状の有無・程度はリンクしません。
また、認知症の有無・程度と脳萎縮(ないし脳室拡大)の有無・程度がリンクしないことは脳神経外科学上の常識とされているようです。

 

後縦靱帯骨化もこれと同じで、医学文献によると約半数の人が無症状だそうです。頸椎の変性も、頸椎ヘルニアの部検例では、無症候性であった頸椎ヘルニアは3体に約1体の割合で観察されているようです。

 

このように、画像上変性所見が認められても症状のないケースは多く、逆に、画像上の変性所見がないか軽微な場合でも体動困難など重篤な症状が出るケースも あり、画像上の変性所見の有無と程度は、症状の有無・程度を判断する決め手とはなりません。これは整形外科における臨床上の常識だそうです。
したがいまして、決め手とならない画像上の異常所見の程度と内容を重視して減額割合を判断するのは積極ミスと評価せざるを得ないのです。

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