後遺障害

脊髄損傷被害者とそのご家族の方へ

第7 裁判所の賠償基準の枠組み

それでは、以上のような過酷な在宅介護をされているご家族に対し、裁判所はいかなる賠償基準を設定しているのでしょうか。

 

裁判所は、将来の付添い介護費用として、

  • 近親者は        日額8000円
  • 職業付添人は      実費の全額

 

を賠償の対象としています。

 

1 近親者の介護費用額についての検討

家事従事者の休業損害に関して、裁判所は、家事従事者の労働対価は、日額で概ね9500円としています。
家事労働を8時間労働であることを前提とした金額なのか否かは定かではありませんが、仮に8時間労働で日額9500円としているのであれば、介護費用は、家事労働に比べて極端に低く設定されていると思われます。
介護には家事労働におけるスキルアップの楽しみもありません。
また、配偶者が介護する場合は、介護によって家事労働が相当制約されてしまい、過重負担が強いられることになりますが、その家事労働が制約される分につい ては賠償の対象とされず無視されます。家事労働の制約分が賠償せず、それが無視されたまま、過酷な介護作業に対し家事労働以下の経済的評価を与えることに 正当性を見いだすことは困難だと思われます。

 

2 ライプニッツ係数による減額

しかも、将来介護費用はライプニッツ係数によってさらに減額されます。
例えば、女子が20歳で症状固定となったときは、平均余命が83歳とされますから、83歳まで存命であったときは今後63年分の介護が必要となります。そ の63年分の全額の将来介護費用が賠償されるわけではありません。中間利息の控除の論法によりライプニッツ係数19.075が適用される結果、63年分 中、19年分しか補償されません。
なんと44年分がカットされます。補償されるのはわずかに3割だけであり、7割がカットされるのです。
長生きすればするほど経済的に困窮する仕組みになっています。
この裁判所基準の厚く高い壁を、交通事故の被害者は、「(画一的)公平の理念」から、一人だけ乗り越えようとすることはできません。

 

3 『損害の控えめな認定』のロジックによる減額

そればかりではありません。裁判所の伝統的な手法である損害の控えめな認定というマジックワードによってさらに減額されます。
例えば、先の20歳の女子の例で、両親だけで介護しているとき、両親は子供より先に旅立つのが通常ですから、両親なき後は、職業付添人だけの介護となりま す。職業付添人の介護費用は、現在、仮に日額1万5000円であったとしても、何十年後には、介護費用が今より高くなっているのか低くなっているのか、不 安定な福祉制度と相まって、誰にもわかりません。
誰にもわからないのであれば、高きより低きに設定して、1万5000円のうち何割かだけを賠償の対象として認める。これが裁判所が多用する損害の控えめな認定というロジックです。

 

裁判所がこのようなロジックを使うのは、理論的には損害額の立証責任は被害者側にあり、将来の職業付添人の日額を被害者が立証するのは無理だからである、ということを考えているのかも知れません。

 

しかし、法は人に不能を要求するものではありません。裁判所が、損害の控えめな認定というロジックを挙証責任の法理とリンクづけているのであれば、裁判所は被害者に不能を要求していることになります。

 

あるいは、東京地裁の交通専門部のある裁判官が明言したように、「将来介護費用が高額に過ぎる」という価値判断がコアの理由になっているのかも知れません。
その裁判官が、いったい何を基準に高額だと判断したのかは判然としませんが、以下のバランスを考えているのかも知れません。
すなわち、
保険会社における自動車の任意保険による利益はさほどあがっておらずこの傾向は終始変わっていない。

全国の裁判所が一斉に高額賠償を命じるときは、保険会社は保険料をアップせざるを得なくなる。

任意保険の加入率は、8割前後だが、肝心要の加害者となりやすい若年層での未加入率が高い。

保険料をアップするときは、益々、加害者多発層である若年層の任意保険の未加入率が増加する。

泣き寝入りを強いられる交通事故被害者が増加する。

バランスとしては、現状程度の算定基準が相当。

たしかに、そのように考える余地はあります。
しかし、被害者側も無保険者自動車傷害保険、人身傷害保険、その他各種の傷害保険の加入で自己防衛をすることが可能であるし、また現にしている以上、裁判所の考えているバランス論は不要か的外れではないか、と考えられます。

これまで数多くの交通事故被害事件の裁判に携わってきた者の実感として、交通事故の被害者は、裁判所による3重の被害を受けているのではないか、との疑念を払拭することができません。

弁護士からのアドバイス
高次脳機能障害について
脊髄損傷について
遷延性意識障害について
その他後遺障害各種